所長の独り言... 
とあるジャズベーシストの独白・・・
人工的な自然
 実際自然である事と、自然らしい(自然っぽい)事は、違う。
 例えば、我々日本人が「豊かな自然の風景」として思い描く山林や農村の田園風景や小川みたいなものは、完全に人工的に造り出されたものである。 日本で最も劇的な自然環境破壊や人工化が始まったのは弥生時代である。
 起伏に満ちた大地は稲作に適した形に耕され平面化され、そのために大規模な治水灌漑が行われて川や水路の流れが整えられ、山という山は燃料や建材となる木に植え替えられ、その過程で多くの固有の動植物種が乱獲や生息環境の喪失により絶滅した。手つかずの自然はごく一部、古い杜や離島等に残るのみ。
 現代日本の、しかも都市部に生まれ育ったものが豊かな自然だの云々した所で、どうせそんなものは大昔に人工的に造られたものでしかない。
 本当の手つかずの自然、人間の手の触れていない自然とか、案外、殺風景なゴツゴツした荒地とか、薄暗い原生林だったり、暖かみだのハートフルだのと無縁。
 入りこむ人間に対する配慮とか親しさとかウェルカム感など、皆無。 それどころか、どこかゾッとするような無関心とか疎外感たっぷりのアウェイな気分を、容赦の無さを、堪能する事が出来る。 それがリアルな自然、というものだ。 古い杜、霊域、なんかには、そういう領域が残っている。




 純度の高い水。 というが。
 本当に混じり気のない、純粋な水、「純水」という物質は、自然界には存在しない。
 雪解け水、雨水などが、山林の土などで濾過されつつミネラル(鉱物の成分)などが混ざり、湧き水となり、川となり、湖となり、海に流れ込む。
 我々人間は、どこかでそれを取り込んで、水道水用だかペットボトル販売用だか、とにかく飲むのに適した形に加工する。 ミネラルウォーターとか、ピュアウォーターとか、天然水とか、純粋っぽさ・自然っぽさをアピールしているが、勿論バリバリ人工物である。カルキ入りでないだけだ。
 さらに近年では、自宅に浄水器とか濾過するための装置や専用容器を持っていたりする。クリーンな水、キレイな水、良い水を求めるからだ。 空気清浄機などにも言えるが、そこで作られる自然や純粋さは、人工的に作り出されたものだ。 むしろ、リアルに自然な水など飲んだら腹を壊しかねない。
 自然な聴感。純粋な音色。何をどう混ぜたら、作れるだろうか。
 そもそも、楽器も楽曲も演奏も、人工的なものだ。はるか昔、2千年以上昔の、この世の全ては数で解き明かせると考えた古代ギリシアのキチガ、、、もとい、偉大なる数学者ピタゴラスが作った12音の音律をでやってきてる訳で。


 空や海が青いのは、実はゼンゼン澄んでいない(色んな余計なものが混じっている)から、だ。
本当に混じり気なく澄みきっていたら、無色透明なら、目に見えない。

無じゃダメなのだ。何かを混ぜないと。
何か混ぜてると感じられないように。それが気にならないように。

 難しい。(^^;
 
 
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