所長の独り言... 
とあるジャズベーシストの独白・・・
画一的な純物質と、豊かな混合物
我々の身の回りにある物の殆どは「混合物」である。 例えば空気は約8割が窒素で約2割が酸素、他にアルゴンや二酸化炭素などの気体(物質)が含まれている。海水も、水以外に、塩化ナトリウムや塩化マグネシウムなどを含んでいる。 そこから一つの物質のみを分離する事で「純物質」が作られる。
混合物から純物質を分離させる方法には、次のようなものがある。
(1)濾過 濾材の穴よりも大きな固体の粒子を液体または気体から分離する方法
(2)蒸留・分留 沸点の違いを利用して分ける方法
(3)再結晶 温度による溶解度の違いを利用して不純物を取り除く方法
(4)抽出 ある液体に、目的とする物質を溶かし出して分離する方法
(5)昇華 昇華しやすい性質があるものを、混合物からその性質を利用して分離させる方法。
(6)クロマトグラフィー 吸着と溶解の差を利用して分離する方法。  
など。




ところで。
 音響、数学、信号処理、電気工学およびその他の分野において、正弦曲線(せいげんきょくせん、sine curve)もしくはシヌソイド (Sinusoid) と呼ばれる、正弦関数として観測可能な周期的変化を示す波動のことを「正弦波」という。
正弦波は単一の周波数成分のみを持つ波動であり、厳密な意味では自然界には存在しない。 しかし、一般の物理学や電磁気学、音響学などでは、観測されるべき波動(すなわち上記の基本形・一般形で表される波動)の振幅が、付随される雑音に比べて十分に大きい場合、これを正弦波と見なすことが多い。
人の耳は単一の正弦波を認識することが出来る。なぜなら、そのような波形を持つ音は人には純粋な音高の音としてはっきりと聞こえるからである。純粋な正弦波に近い音には、口笛や音叉の音がある。このように正弦波として聞こえる音は純音と呼ばれる。
音波が2つ以上の正弦波によって構成される場合、その中で最も周波数が低い正弦波を基準として、その他の正弦波の周波数が基準となる正弦波の周波数の整数倍で構成されるときは、その音波の波形は周期的な交流波形となる。この音は、人の耳には楽音または単音として認識される。それ以外の2つ以上の正弦波によって構成される音はノイズか和音、ないしはうなりとして聞こえる。

純粋な正弦波の(それに近い)音、純音は、自然界には存在しない。  だから、人為的に、いくつもの正弦波を混合した音を作る。  その中で、ノイズでも、うなりでも、和音でもない、ある特定の人間の耳に認識出来るような音を作りだす装置と行為が、楽器であり演奏である。
我々、プレイヤーの目線では、普通に演奏したら単音が出て、それをいくつか「ある一定のルールに沿って」鳴らしたり重ねたりしたら和音が出来て、ピッチが悪けりゃうなりが生じて、そもそもルールを感じさせないような重ね方したら不協和音やクラスターが生じる、そういう順番になる。
正弦波(せいげんは)は、時間経過にしたがって振幅が三角関数の正弦関数に対応した変化を示すもの。英語では、sine wave と言う。 あの、僕の苦手な、よく分からなかった(いまだによく分からない)、サイン・コサイン・タンジェントの、あのサイン(正弦)だ。
・・・そもそも、三角関数が、というか関数というものが、現状、よく分かっていない。。。orz 
 昔、どこから分からなくなっているのか、どこでバグが生じてついていけなくなったのか、それが分からない。
 4月から新年度スタートしたETVの番組をみながら、順番に勉強していくしかない。

 この正弦波ではない波形として、三角波、短形波(方形波)、ノコギリ波、パルス波、といったものがある。いわゆる機械的な音(シンセサイザーっぽい音)、だ。これらは機械によって人工的に作り出された、正弦波でない波形を持った音だ。これが装置やらスピーカーから出力され、空気を通して、「正弦波を認識する」人間の耳に届いた時、ある音高として聞こえる。その過程で、人間の耳に聞こえるような正弦波の音になる、訳だ。  楽器による楽音との違いは、混合の程度(純度)の違い、だ。
 厳密な意味で、純度100%の純音を耳にする事、純度100%の非正弦波の音を耳にする事は、まずない。  無響室と呼ばれる「ほぼ」残響がない特殊な環境とか、そういう所でさえ、ほぼ、であって。 我々、一般人が生活したりリスニングしたりする環境では、もう少し純度は下がり、混合する。
 



 ところで、純粋な正弦波(に近い音)には、倍音と呼ばれるものは無い。  倍音は自然共鳴音であり、基音の周波数の整数倍の周波数の音が基音と同時に(時には一部基音より大きく鳴って)聞こえる、というものだが。  この倍音をほとんど含まない音、つまり、正弦波に近い音を出すのが音叉だ。
 楽音の中で最も基本になるのがノコギリ波だ。波形が鋸の歯のようになっているので、この名がある。 ヴァイオリンや金管楽器の波形はこれに近い。鋸歯状波には基音とすべての倍音を含み、高い倍音ほど振幅が漸減し、第n倍音の振幅は基音の振幅の1/nである。
 波形が「己」の字を横にしたような形をしているのが矩形波である。クラリネットの波形はこれに近い。基音と奇数倍音だけが含まれ、第n倍音の音波の振幅は1/nである。
 波形がV字型をしているのが三角波である。基音と奇数倍音だけが含まれ、第n倍音の音波の振幅は1/n²である。これは矩形波の時間積分した波形が三角波になるためである。
 
 基音+倍音。
 これが、一般的な演奏家の考え方だ。特に倍音を中心とした造りになっている金管楽器、バルブ楽器は、そのように考えがちだ。
が、聞こえる音(楽音)には様々な波形が、成分が、混ざり合っている。吸い込む空気の中に、酸素以外に、窒素や二酸化炭素やアルゴンが混じっているように。
 音楽においては、ここちよい美しい音とそうでない音を区別する言葉として、楽音(がくおん、英: musical tone)と噪音(そうおん、英: unpitched sound)がある。  
 望ましくない音、楽音であっても聞き手が不快あるいは邪魔だと感じる音は騒音と呼ばれる。
 意図的に発声されたものでない音、空気音、呼吸音、その他は、雑音と呼ばれる。
 ・・・まぁ、ミュージシャンとしては、あまり雑音(鼻息だとか、楽器にボタンやベルトが当たる音だとか)や、騒音と思われてしまうような音は出したくない、気をつけたい所だがw

 楽音と噪音の違い。
 楽音は、歌うときの人の声や、楽器の音の多くのように、倍音(基音の整数倍)以外の上音がほとんど無く音高(音の高さ)が強く感じられる音をいう。
 倍音以外の上音を多く持ち音高を感じさせない音を噪音(そうおん)という。打楽器の音のほとんどは噪音かそれに近い音である。シンバルのような剥き出しの金属で出来ている楽器は、内部で響く(音を整える)構造を持つ多くの楽器と違って、様々な音が放射される。だから、通常の人間の耳にはピッチが聞き取れない。  
 ・・・が、たまに例外がいて。昔、耳の良い(絶対音感を持つ)仲間がシンバルの音を言い当てていた。子供の頃からの訓練で、聞こえる全ての音を十二音の型にはめてしまう。  きっと、沢山の音の中から、最も良く鳴っている音を聴きとり、それを十二音のどれかに当てはめるのだろう。羨ましい、というよりも、むしろ、難儀な事だなぁ、それはそれでシンドイだろうな、と思ったものだが。
 こういう耳の持ち主(可聴音の全てを十二音で認識してしまう耳)の場合、ピッチの分からない音、つまり、噪音が無い、という事になる。  楽音(意図的に発声される音楽的な音)か、騒音か、という身も蓋もない分割となる。うなりを生じるような音、つまり悪いピッチの音も騒音である。
  比較的、雑音や騒音、噪音に寛容な人。アレルギーを持たずに済むような人が、ジャズという音楽に対する毛嫌いのない人、ジャズへの適性のある人だ、という気がする。 アンコントロールな、うっかり出てしまった音について、キッと睨んだりせず、ニヤっとしてしまう、出来るようなタイプ。
 客席の騒音については神経質な癖に、自分自身は堂々と騒音(よがり声)を出しまくったりしてる某世界的ジャズ・ピアニストとか、いないでもないが・・・w
 あれを、許せるようになる、気にならなくなる、むしろ無かったら物足りなく感じる、ようになると、美しい楽音を堪能出来るw
 現代においては、サンプリングなどで、川の音だの風の音だの電車の音だの、様々な音が、意図的に用いられている。広義の楽音、或いは噪音、という事になるか。
 まぁ、完全協和音程・不完全協和音程・不協和音程とかと同じで、ちょっと歴史的な区別の仕方ではあるかも知れない。





 指練しながら、Cubaseのノウハウを紹介する動画を色々とみているのだが。  
 例えば、音にフィルター(濾過)をかけて加工するとか。  生ドラムセットの叩きだすグルーヴを「抽出」して打ち込みドラムに適用する、とか。  サンプリングで、騒音を加工して噪音化・楽音化する、とか。とにかく色々な事が出来る。
 というか、サンプリングで、缶を開ける音を採取して、それにピッチを与えて、変わった音色の楽器にするとか、こんな事あんな事、いろんな事が出来るらしい。  いや、漠然と、機械で色々な事が出来るという事は知っていたけど、具体的に知っていくと、やっぱり驚く。

 MIDIというのは整式で言う所の(定数項でない)項でしかない。  変数に特定の値を与えて、初めて音になる。  その特定の値が、音源に入っている様々な楽器の音色だ。  最初から与える値を決めている(指定している)ものが、インストゥルメント・トラックだ。
 基音・倍音・上音という音の地層・大気圏。  
 波形という音の組成。混合と純度。  
 人間の聴覚や脳による聴感。   
 それらを物理的に作り出す電気的な装置。  
 演算。  

 ・・・・やっぱり、並行して、理数系の勉強はしていかなきゃならないな。その考え方の応用・転用が、音を探すのに必要。
 





 

 化学。物理。生物。地学。数学。
 ・・・まさか、あの、僕にとって謎の呪文、サイン・コサイン・タンジェント が、ここに来て、僕の仕事に必要不可欠になってくるとは思わなかった。
 必要を感じられたので、どうにかしていかなきゃ、と思う。

 ・・・あ、今の所、英語の必要はあまり、いや、ゼンゼン感じてないw  
 アメリカという国の固有の伝統的文化としてのジャズ(純物質)は、それなり興味や関心はあるけども絶対だとは思っていない。そこから日本をはじめ世界中の音楽と混合していった、混合物としてのジャズが好きなわけで。
 何のノイズも噪音も、倍音すらも含まない、音叉の音色のような、純度の高いジャズには、電気をつける時にエジソンに抱く程度の敬意や感謝の念は持つけども、それ以上は、特に感じない。  
 なので、今のところ、英語は、まだ「・・・それ、要る?」なものでしかない。 今のところは。 

 


 英語は分からないが。
さすがにキビキビしてるイギリス英語と、だらしない感じのアメリカ英語とで、発音が違う事くらいは知っている。きっと世界各地からの移民が、各地の言葉が、混じった結果だろうが。
今は、どうなんだろう。
 20世紀後半、メキシコを始め、中南米から流入しているヒスパニック系が黒人よりも多い。世代交代や混血も進んでいるだろうし。 だいぶ、そちらよりに訛ったり、言い回しや言葉が出てきたりしている、少しずつ変わって来ているんじゃなかろうか、と。 

 英語(やその発音)は、果たして、どの程度「要る」ものなんだろうか。 たまに、セッションその他でガイジンさんがやって来るが。 一応は、出来る範囲でコミュニケーションはとろうと思うのだが。 「私、日本人ね。英語全然わからなちあるねw」て事になってしまう。
 ジャズやってる人間が、誰でも英語使える、英語を勉強しようとしてる、と思ったら、大間違いw

 それとも、アレか。 国策で、「訪日客増やそう、国民総おもてなし接客業化」ってんで、どこでも英語でおもてなししてくれる、とか、そんな流れか? そうなってくると面倒だ。
 
 2020年に向けて、いや、少子高齢化の進む国の将来に向けて。
義務教育での英語授業を進めたりしているらしい。
仕事をしてく上で、生きてく上で、いよいよヤバい、と感じたら、多分英語を勉強し始めると思うが。
当分、国外どころか、自宅を出る事すら、少なくなる。

 


 
 ブレグジットやら、トランプやら、保護主義台頭やらで、グローバル化の時代が終わった感がある。 経済系のニュースを見ていても、世界展開どうのこうのではなく、いかにして技術の移転流出を防ぐか、二国間交渉を不利益にならないようにするか、みたいな話ばかりしている。
 流れ的には多文化コミュニケーション、ボーダーレス、それによる混合、化学反応(ケミストリ)よりも、分離による純化、固有の特色の精製、そんな方向に進んできている気もする。 トランプというのは顕在化に過ぎず、潜在的には、保護主義・自国第一主義というのは様々な形で出てきてたかも知れない。

 アメリカの(保守的な)ジャズ自体は嫌いじゃない。 ただ、アメリカ至上主義、アメリカ第一主義、他の(日本をはじめとする外国の)ジャズを眼中に入れてない、保守本流派の姿勢は、気にいらない。 「アメリカのジャズでないもの、ジャズに非ず」と言わんばかりの驕りを感じる。
 何かと話題に出る、○サリスだが。彼のやってる保守ジャズや演奏は、音楽として嫌いじゃない。
が、ひたすらエスタブリッシュメントを目指す彼ののたまう屈折したジャズ史観、Blues と Swing という、白人が作ったものを、「実はルーツは黒人だった」みたいな歴史修正主義。
 共和党支持者で、今回のトランプ大統領の選出にも貢献したであろう、彼のアメリカ至上主義、自国第一主義・保護主義については、あまり肯定的ではない。
初の黒人大統領オバマ政権下ではあまり目立たなかったが、こうなってくると、「あ〜、成程。」と、腑に落ちてくる。言葉に出来る。
 音楽家としての彼の音楽性については、色々あるが、僕は否定的ではない。むしろ、真摯な取り組み方や技術には、普通に脱帽するのみ。 しかし、彼の進める、ジャズ画一化とか、黒人由来説には、全く賛同しない。

 音叉の音色には、感動しない。 シンセっぽい音には、テクノ世代、ファミコン世代として懐かしさは感じるが、やっぱり特に感動しない。 純度の高すぎる音は、あまり好きでない。 やはり、適度の噪音や騒音、雑音があった方が、豊かになる。
 聖と俗。
 秩序と雑然。
 理性と感情。
 混合あってこその豊かさ、だ。
 色々違って面白い。
 別に「反体制こそ正義だ!」みたいな古くさい全共闘世代みたいな事を言うつもりはないし、少し前の綺麗事だらけの理想主義みたいのも良いとは思わない。同じ花を見て同じ意見を持つ必要は無い。
 
 勝手にすれば良い。 誰かに指図される事も、指図する事もなく。合わせたかったら合わせりゃいいし、合わせなくとも良い。
 KYが問題になったり、忖度が問題になったり。 どうせ、また、すぐに変わる。
スポンサーサイト
コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 

     

 



TRINITY ファーストアルバム

「Fanatical Stories」 発売中!