所長の独り言... 
とあるジャズベーシストの独白・・・
踊る阿呆に見る阿呆、離れた阿呆
今日は、某音大生で、学バンやってる(山◯コンテストに出場する)という子がいて、セット間、そっち方向の話で盛り上がった。
せっかく足を運んでくれたという事でもあるし、久々にサービス精神を発揮して、気休めとか綺麗事とかでない、身も蓋もない考え方やノウハウをアレコレと。

まず、コンテストは参加する事に意義・・・など、微塵もない。 「一生懸命やれば結果はついてくる」、なんて事は、まずありえない。 出場メンバー入り、本戦出場、シード入り、10位以内入賞、上位入賞、最優秀賞、、、どのバンドも出場者も、ひたすら上を目指して、必死にシノギを削ってる。
もし、自分達の音楽・表現をやりたいならば、リサイタルや単独ライブをやれば良い。
もし、他のバンドが集まる中でステージに立ちたいならば、非コンテストのフェスとか、ジョイントライブとか、やれば良い。
コンテストに出場する意義は、正義は、勝負し勝ち上がる事。それだけである。

だとすれば、道は二つだ。 賞を狙える上位入賞バンドに(レギュラー争いで勝ち残り、外された者の骸や悔し涙を踏み台にして、その思いを背負って)参加して勝ちを狙うか。
或いは、自分を含めた自分の参加するバンドを勝てるバンドにするために(それなりの代償を支払い)勝ちを狙うか。
最終的に、勝負する相手は、バンド内の他のメンバーでも、ライバルとなる他バンドでも、無い。
会場(の観客)ですら無い。
審査員との勝負だ。
会場をいくら盛り上げようと、観客や他の参加者にウケようと、賞をとれなきゃ負けだし。会場をいくらドン引きさせようと、審査員を唸らせたり驚かせて得点を獲得したら勝ちだ。 自分の音楽性、趣味嗜好、エゴ、承認欲求など、横に置いて。躊躇なく、必要な事を、選択し、実行しなくてはならない。

常連バンド、上位入賞バンドには、そのノウハウの蓄積、いわゆる伝統というものがある。
オッサンども・・・もとい、バンドの先輩であるOB・ミュージシャンらの、面倒くさい・・・もとい、ありがたいダメ出しや酔っ払いトークは、玉石混交であるが、とりあえず一応は聞いて脳の片隅にストックしておき。 レッスンやらクリニックやら、指導してくれる「先生」の話も参考として聞いておき。
けして鵜呑みにせず。盲信せず。
必ず自分達の脳内フィルターを通して、現代風に言えば情報リテラシーを働かせて。
自分達の判断、責任において、取捨選択し、決定していく事。
他の誰のものでもない。自分達自身の勝負なのだ。
誰かのせいでも、誰かのおかげでもない。

「せい」と「おかげ」は、表裏一体だ。 参考意見や情報を提供してくれた事、協力してくれた事に対して、「おかげ様で」と言って感謝を表明するのも、また感謝されたがり屋な人にリップサービス的にそういうのは有用だろう。そういう事は、した方が良いし、しとくべきだろう。
しかし、それも度が過ぎると、本当にそう思い込んでしまうと、危うい。 「誰かのおかげ」が一瞬にして「誰かのせい」になる。「おかげ」だろうが「せい」だろうが、それを言ってる限り、自分の音楽に対する主体性や責任や矜持は、自信は、持てない。
そんな自信の無い音楽を評価する程、勝負する相手、つまり審査員はフシアナじゃない。 海千山千の、人一倍どころじゃない位、腐る程、音楽に関わっている、ちょっとやそっとの事では動じない擦れきった音楽感性の持ち主達に、上っ面だけ取り繕ったような物が通用するハズがない。

あくまで、音楽のコンテスト、審査員達がその音楽性でもって採点する大会なのであって。 人間性をアピールする大会でも、芸出しを披露する大会でも、無い。
「そんなの嫌だ。好きじゃない」というのなら、そもそも出るべき大会じゃない。(最近は予選があるから、そもそも出れない)
耳障りの良い綺麗事を並べても、何も始まらない。
一生懸命ガンバるとか、そんな事は出場者ならば誰でもやってる事、当然の事で、特に重要でも、わざわざ口に出して言う事じゃない。
何を削除し、何を追加するか。大事なのは、そこだ。

何を代償に支払い、何を得るか。
メンバー選考からして厳しい上位バンドは、親しい音楽仲間であろうがなんだろうが、目的のためなら外したり、外部からトラを入れたりしてまで、シビアに賞を目指す。
中には単位落としてまで、人生設計狂わせてまで、迷いなく練習にあけくれるヤツもいる。
或いは、ふんだんに金をかけて(バイトするなり予算を獲得するなりして)、練習環境や個人レッスンやコーチを用意して、音大や強豪バンドのそれに匹敵するような、いや、それ以上の体制を整える所もある。
何も代償を支払わずに、ラッキーで貰えるほど、甘っちょろいシロモノではない。

 その手の賞レースは、参加者としては十代まで、コーチ的な立場としては二十代まで、しか関与してない。 十年以上、遠ざかっている。ので、最近の動向、傾向とかトレンド、とか全く関知していない。
 しかし、やっていた頃は、徹底的にリサーチし、傾向と対策を練り上げた。
 なぜ、あんなにムキになっていたか、分からない。 ただ、自分が関与していたバンド全体が、、、という訳にはいかなかったが。
リズムが賞を獲得した所で、なんというかある程度やりきってしまった。
一応、その後もバンド全体でランクアップする所まで関与しよう、としたが。他のミュージシャンOBとの見解の相違(コンテストに参加する意義の部分から根本的に違っていた)で、現役とは別の所で大ケンカになってしまい。 そんな外野のイザコザに巻き込み混乱させるのも迷惑だろうし、僕の中では「やれる事はやりきった」状態で、なんというか完全に萎えてしまったし、足を洗った。
 その後、数年は、気軽な第三者見物気分で文字通り高みの見物(2階席)で、物好きな音楽仲間とあーだのこーだの議論しながら観戦しに行ってた。アレンジの参考とかの意味もある。
 でも、近年は行かなくなった。
 理由は簡単。 夏場のクソ暑い時期に、朝早くから、湘南から埼玉まで出張るのがキツい。。。

 思いっきり屈折してんのか、思いっきりストレートなのか、自分でもよく分からない、学バンや吹奏楽のコンテストに対する正直な所、想い(出)である。
 ちなみに個人的には、いち音楽家としては、別にそれが音楽の全てだと1ミリも思っていない。というか、多分これまで書いてきた事と逆の所に本心な音楽性がある。
 賞を目指して躊躇なく人間関係を破壊して単位を落としてまで、若干心身を壊してまで、当時やってた人間として言わせて貰えば。 「そこまでする価値、あるの?」と問いたいw

 実際、教えてた間、何人かは明らかにミュージシャンになりそうな(他に道がなさそうな)ヤツラがいて、そいつらには、「多分思いっきりコンテストのセンスというか評価傾向と違うので賞を狙うなら矯正した方が良いのだろうけど、彼らの今後の音楽人生やジャズに限定されない可能性を考えたら学生コンテストやジャズの型にはめるべきではないだろうから、何も言わんでおこう」という意識が働いた。
 実際、その連中の大半が、ジャズ以外のフィールドで活躍している。 こういう連中が、「賞をとるだけがコンテストの目的ではない」というのは、アリた。 自身がミュージシャン活動をしてく上での人脈づくり、機会づくりとして、フルに活用した訳で。 それはそれで正解だ。
 コンテストで箸にも棒にもかからない、むしろ「変だ」とか「ジャズではない」的な事を講評で言われたり採点シートに書かれた連中、言わば国内ジャズの最高権威から「門外漢」扱いをされてしまった連中が、ドラフト(青田刈り)対象にもならず、勝手に雑草のように他の畑やスタイルで活動し、修練し、こう言っちゃなんだが、ジャズなんぞりよりよっぽどメジャーな音楽の道で活躍したり、かつて自分を眼中に入れなかった人達や、ドラフト(青田刈り)入りした人達と、肩を並べてやってる姿を見ると、裏ハンター試験ならぬ裏コンテストに受賞(合格)したんだな、おめでとう! という気分になる。
 コンテストとは、審査員との勝負である。審査員に評価されれば勝ちである。 賞をとるのと、審査員のやってるバンドにメンバーとして加入するのと、果たしてどちらが勝ちなのだろうか。上位バンド、最優秀賞バンドだろうと、誰もが参加出来る訳ではないバンドに加入。ある意味、勝ちでしょw

 音大にジャズが設置されるまでは事実上ジャズ・ポピュラー音楽やスタジオ系のミュージシャンの登竜門として機能してきたコンテストとその歴史を形成&牽引してきた、上位・強豪バンドの 持つ「伝統」を、コンテストの採点基準・評価範囲その他諸々を把握するという事はカンタンではない。
 入賞バンドの演奏が収録されたハイライトCDは勿論、それ以外のバンドの演奏、審査員の講評や採点表も可能な限り収集・精査し。 AとBならば、どちらが正解か(点を貰えるか)というハウツーを確立し、それを代々引き継いで精度・信憑性を高めていく。そういう長期的な計画を立ていく必要がある。
 協力的なオッサン達、、、もといOB達がウジャウジャいるような所なら、(こちらが頼むjまでもなく勝手に買って出て)時間や労力や時々経費を費やしてまで、その手のリサーチ活動・諜報活動に発奮して勤しんでくれるだろうが。 そうではない所は、バンド内で、そういう事を手分けしていかねばならない。レギュラー外とか、有効に利用せんと。
 勿論。 個々のプレイヤーが、ずば抜けて素晴らしい演奏力やセンスを持っているのが揃っていて、細かい事をゴチャゴチャ考えずとも普通にやってそこそこ通用する、みたいな場合も無いとは言えない。
だが、多くの音大が、音大なのに、たかが一般大学のクラブ活動(ジャズ研・学バン)に負けるのが現実だ。

 端からみて「なんでこんな馬鹿馬鹿しい事に、こんなムキになれんの?」という事にムキになれる馬鹿野郎達が戦う、個人的には、鳥人間コンテストと双璧をなす、「くだらねぇ、でもアツい」大会だと思う。
 どこまで馬鹿になれるか大会だ。
 少しでも馬鹿になれたやつ、こんな何の得にならない事にムキになれたやつが勝ち、笑う。
 アツく虚しい大会だ。 懐かしいw


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