所長の独り言... 
とあるジャズベーシストの独白・・・
アナログ世代の戦い方
 30年くらい前、「写ルンです」という使い捨てカメラ(厳密には「レンズ付きフィルム」だそうな)と、それで写真を撮りまくる事が大流行した。安いし、手軽で、ピント合わせや露出調整が不要、という画期的な商品だった。 絶滅したと思ったら最近、静かなブームになっているのだそうな。
 それ以前カメラと言えば、高い、難しい、デリケート、という、実に近寄り難い物だった。 子供の頃、ふざけて、落として壊してしまったり、フィルム(ネガ)をクシャクシャにしてしまったり、その度、トラウマになるくらい無茶苦茶おこられてしまい、僕の中ではカメラや写真は近寄り難くなった。
 写ルンですが流行った時、旅行やら行事のたびに、みんなして景色やら自分達やらをパシャパシャ撮りまくっていた。 先述のトラウマもあって、僕は消極的。 「写真撮るより、しっかり目で見て、焼きつけりゃ良いだろが」 「け。芸能人かっての。プロマイド写真撮るほどのシロモンか?」 とか毒づいてた。
 そんな僕でも、たまに写真を撮る時があった。 滅多に行けないようなレアな場所やイベントとか、「ねえ、撮ってヨ」と頼まれた時だ、が。 なんせ、信じられないくらい不器用なもんで。かなりの割合でミスる。ブレる。ナナメる。レイアウトが変。ミスった分、コストと資源が無駄になる。ガッカリする。

 携帯電話に写メ機能がついても、解像度が低かったり、データ容量食ったり、ネットにアップロードしたりするのが、面倒くさくて、時間がかかって、最初は殆ど使わなかった。 それが、半ばデジカメと言って良い程の画素数を誇ったエクシリム携帯に機種変して、少し変わった。
 ちょうどその頃、毎日毎日音楽漬けの日々に疲弊して、旅行なんてものに精を出すようになった事もある。出かけるたびに数百枚も撮りまくり、サイトにアップしたりしていた。 その後、スマホ(iPhone)に変え、写真を撮る事やSNSへのアクセスが容易になった。煩わしさやリスクが減った。
 まぁ、文章もそうだ。 
 30年前といったら、パソコン(マイコン?)とかワープロことワードプロセッサーなんて一部の先端企業が使ってるくらいで、大半の人間は手書きだった。作家とかライターはタバコ咥えて原稿用紙にガリガリと筆記していたのだし、そういう本職でない人々は書いたりしなかった。
 たまたま僕は、作家とか「も」将来の選択肢にラインナップしていたので、毎日毎日、ノートやら原稿用紙やらに、ひたすら文章を書いたりもしていた。 アレは、一種の力仕事で、頭だけでなく肉体的にもヒジョーに疲れるのだ。 また、鉛筆(シャーペンの芯)や消しゴム、紙は、タダじゃない。
 一日で何十枚も書いたりしていると、あっという間になくなる。 そんな事に、カネを、労力を、時間を、費やせる物好きなんて、あまりいない。 というか、みんな、文字を書くどころか、読む事すらしていなかった。 マンガ、テレビ、映画(ビデオ)、音楽、、、そういう事で忙しそうにしていた。

 若者の多くは、新聞どころかニュースなんて、見てなかった。 今の総理すら知らないのが珍しくなかった。 しかし。最近は違う。 誰もがスマホで写真をとり、ネットにアクセスし、アップロードし、他人の書いたカキコミや、ポータルサイトやニュースアプリでニュースをチェックしたりする。
 政治に無関心、というけど。
30年前の、政治や社会への若者の無関心の極致を知っている人間として言わせて貰えば、現代の若者はかなり関心や理解が高い。
頭悪いのは、30年前に若者とかガキをやっていた、数年後にバブルが弾けるとも知らずに能天気に右肩上がりな風潮を満喫してた世代だ。

 世の中ここまで進んで、変化してしまうと、色々変わる。 写ルンですの時代、良い写真でしょ自慢をしてた連中の、特にこれといって見るべき何かのない写真と大して変わりはないが、道具が圧倒的に違う。もしかしたら素人の使いくしなせてない高級カメラの写真よりも、良く撮れてたりするかも知れない。
 それでも。昔の写真部とか本職のカメラマンの、年代物な低スペックのカメラで撮っときた写真のような、「作品」を撮れる気がしない。 道具の問題じゃない。題材や被写体の選択、画の切り取り方、レイアウト、メッセージ、魅せ方、、そういう部分は、使う道具やその機能に拘らず、価値を放ち続ける。

 僕にとって、演奏や作編曲は、絵であり文章だ。
  しかし、自動作曲やDTMは、写真だ。
 現代の最先端なツールを使えば、品質的には、昔より高いクオリティを求める事が出来る。
 問題は、その先にある。

 現代の若者は、我々世代に比べて頭が良いし、またデジタルネイティブで、ネットやデバイスやツールを習得し使いこなすことにおいて次元が違う。
 やはり、アナログで培ったものをフルに活用しなければ、同じ土俵に上がる事も出来ない。
 
かねの音
 楽器はピンキリである。 マトモな安物は数万円で安く買えるし、高級品は天井知らずでウン百万円する。 新しく習いに来た生徒さんに「どう選べば良いですか?」と聞かれる。 一概に言えないが。 ぶっちゃけ音響環境やピアノの調律の良くないような場所でやる場合、ひとまず音が出りゃ良い。(暴言)
 どうせ、環境や雑音、編成によって変わる。生音など聞こえないに等しい。 こだわるならば、楽器よりむしろ、ピックアップとかプリアンプとかエフェクターだろう。 やたら音響の良いホールとかで、アコースティックな編成で、観客が静かに耳を傾けるような環境とかならば、別だが。
 もし楽器にこだわりたいならば、自分の耳や手触りで、選べば良い。
それが出来るようになるまでは、普通の店で普通に調整された楽器なら、なんでも良い。
それを使いこなせてから、マトモにならせるようになってから、ハッキリとした好みが出来てから、あらためて自分で選べば良い。
 自慢にならないが、僕の楽器は安物だ。 それでも、弾きこみまくっているから、そこそこ鳴るようになってきている。ロクに弾き込んでない高級楽器で鳴らしきれてない弾き方で出す音より、鳴ったりする。 これが生音楽器(木製弦楽器)の不思議、かつ面白い所。
 宝クジでも当たったら買い換えるかも知れないが、今のところ、全くその必然を感じない。 嘘か真か、チャーリーパーカーはプラスチックのサックスでも素晴らしい演奏をしたとかしないとか。 別に倣う訳でもないが、何を使うかより、どう使うか、に注力したい。クラシックと違う個性の音楽なのだから。

 とか、ベースやジャズについては、そのように言いきる事が出来る(言いきってここまでやってきた)僕だが。 鍵盤は、DTMは。 僕自身のスキルの無さもさる事ながら、音楽ソフト、ソフトウェア音源、VSTプラグイン、、、とにかく、楽器が、金が、物を言う。 少なくとも、音源が、欲しい。
 安物音源では安物な単純な音しか出せない。 某ソフトで、機械にざっと作らせた後、細かく修正したり、したいのだが。 MIDIデータならそれが出来るのだろうが、リアルトラックはいじれない。でも、音色や演奏表現は圧倒的にリアルトラックがMIDIトラックより優っている。
 
 もし、高級音源とか持っていたら、また、状況は変わってくるのだろうが。。。
それ以前に、自分の鍵盤力の未熟さよ。
右手だけなら、リアルタイム入力とか出来るかな、と思ったけど、まだまだ全然使い物にならない。
少なくとも、リアルトラックに張り合えるくらいには、なりたい。
 まだまだ、修練が必要だ。 どんな楽器を、どんな機材を、どんな音を、選べば良いのか、それが見えない。 金持ちなら「大人買いで、ひとまず全部買って試してみる」作戦が出来るのだろうが。 散財しまくり。失敗するわけにいかない。 いや、失敗した訳じゃないけど、とにかく無駄な買い物は、するわけにはいかない。 今は、いま出来る事を、やるしかない。
光明
 帰宅なう。
リハで、書き直してきた譜面を配布し、実際に音を出してみて、色々と細かい所のアーティキュレーションを打ち合わせしたり、アチコチ変えたり、する。
今日の内容をまとめて、また全パート書き直して、次回また新しいverを配布する事となる。
既にver.12まで達している。次回までにver.13書いて、意見を聞いたり修正したりして、、、次回リハではver14を配布する事になるだろう。
約ひと月後の本番まで、verいくつまで重ねる事になるだろうか。。。^

あと、ブラスが増員する事になったので、ボイシング等、見直したり。 ・・・これはむしろ歓迎。ありがたい。パート毎に和音作れる大編成の方が(各楽器が剥き出しになり、センスがモロに問われてしまう)コンボ編成よりやりやすいし、何しろ書き慣れてる。
だいぶ光が見えてきた、、、かな。

寝よう。
悪戦苦闘
 ベースで、ドラムと一体になってリズムを出したり、ピアノと一体となってコードを出したり、フロントと対位法的にラインを描いたり、そういう心地良さ、ベースならではの楽しみ方・心地良さ、というのはあるが。
きっと、パート内外でボイシングしたり、カウンター吹いたりする、管楽器セクションにも、それならではの楽しみ方・心地良さ、というものがあるのだろう。 が、その感覚ばかりは、いくら教本をめくっても、書いてない。
 
 いつか、サックスやりたいなぁ。
 低音つながりでバリサク、、、は高いので。
 テナーの入門モデルでも買って。
 http://www.soundhouse.co.jp/products/detail/item/229325/

  大編成アレンジに比べて、小編成アレンジの方が簡単で楽チン、なんて事は全くなく、むしろ難しい。という事をまざまざと思い知る。

ラッパが3〜4本いれば、使えるような高音域が、1本とか2本だと浮いてしまう。オブラートに包めない。突拍子も無くなってしまう。
かといって、中途半端な所に置くと、パッとしないし、あまり意味がなくなってしまったりする。
というか、トライアドを形成出来れば、大して良いフレーズでなくとも何かしらの意味を作り出せたりしなくもないが、2管とかだと、剥き出しになってしまう。なんとか良いフレーズを捻り出すか、他(旋律やリズムセクション、コード進行)を変えたりしなくちゃならない。
成る程なぁ、、、勉強になるなぁ、、、とか、呑気に言うてる暇もない。

ひとまず、明日のリハ(夕方)迄に、管パートを大体仕上げて行きたい所。。。

しかし、今日は3時間も悩んで、ただの1小節も書けなかった。。。orz

この徒労感たるや。。。


センス良い音楽って何だ?
センスって何だ?
良いって何だ?
音楽って何だ?
音って何だ?
楽って何だ?
生きてるって何だ?
何だって何だ?
ブツブツ、、、

(絶賛ゲシュタルト崩壊中の心神耗弱状態)

 寝よう。。。
「管楽器セクション」のセンスって、なんだろう?
 今回のお題の一つ、「センスの良い(イケてる)ブラス」。。。これが全然分からず、やたら苦戦中。。。ちっとも進まない。

 管(セクション)楽器のセンスとか、おいしいフレーズとか、全く分からない。
 テューバやってたけど、アレは基本的にベース楽器であって。

 これまで基本的にベース目線で、ベース&ドラム、メロディ、コード進行、という優先順位で考えていって、その後に余白を埋める感じで管楽器セクションに適当に仕事を割り振ってく、という考え方(書き方)してきたもんなぁ。。。

  いつか管楽器、それも2番とか3番とか、取り組む必要があるとは思うが。
とりあえず、今は、やった事もない癖に、分かりもしないまま、書かなきゃならない。
 
 上にも下にも他の人がいる、気兼ねしながら演奏しなきゃならない中盤ポジションの心理とか視界を学ぶためにも、ピアノを身につけたい今日この頃。

 疲れた。寝よう。

     

 



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